能動的サイバー防御法案とは? ~現代のサイバー脅威に立ち向かう新たな法的枠組み~

能動的サイバー防御法案とは? ~現代のサイバー脅威に立ち向かう新たな法的枠組み~

2025年2月6日

昨今、サイバー攻撃の手口は日々高度化しており、企業や政府機関、個人にとっても深刻な脅威となっています。これに対抗するため、日本政府は「能動的サイバー防御法案」の検討を進めています。本記事では、この法案がどのような目的で提案され、どのような効果や課題が予想されるのかについて、平易な言葉で解説します。

出典:衆議院「サイバー安全保障を確保するための能動的サイバー防御等に係る態勢の整備の推進に関する法律案」https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21306007.htm

1. 能動的サイバー防御法案の背景と目的

現段階では法案可決に向かい調整中であり、暫定名称は「サイバー安全保障を確保するための能動的サイバー防御等に係る態勢の整備の推進に関する法律案」とされています。

1.1 サイバー脅威の現状

a 急速な技術進化と攻撃手法の高度化及び組織体制の精緻化

サイバー攻撃は単なる情報漏洩やデータ破壊にとどまらず、国家インフラや重要産業にも影響を及ぼすまでに進化しています。特に、国家支援によるAPT(高度持続型脅威)や、組織的かつ高度な手法を駆使するサイバー犯罪グループの台頭により、標的型攻撃が高度化し、防御側はより戦略的かつ迅速な対応策を求められています。このような脅威の増加は、従来の受動的防御では不十分であることを示し、能動的なサイバー防御措置の必要性を高めています。

b 被害拡大の現実 (APT・ランサムウェア・DDoS・フィッシング)

フィッシングやランサムウェア攻撃の被害規模は拡大しており、従来の受動的防御だけでは不十分との認識が強まっています。特に、北朝鮮のAPTグループによるDMMビットコインへの大規模ハッキング事件では、巨額の暗号資産が不正流出し、その巧妙な手口と被害の深刻さが明らかになりました。さらに、国内の重要インフラを標的としたDDoS(分散型サービス妨害)攻撃が急増し、金融機関、電力、交通、医療システムなどが深刻な影響を受けており、社会経済活動へのリスクが高まっています。

1.2 法案の目的

能動的サイバー防御法案は、単に攻撃を受けた後の対応に留まらず、攻撃の兆候を早期に検知し、必要に応じて事前に対抗措置を講じるための法的枠組みを整備することを目指しています。

a 迅速な介入とテイクダウン対応の実現

攻撃元サーバーへのアクセス遮断に加え、フィッシングサイトやマルウェア配布源に対する迅速なテイクダウン措置を講じることで、攻撃の拡散を抑制する。また、脅威インテリジェンスを活用したリアルタイムの監視により、標的型攻撃の発生源を特定し、必要に応じて国際的なサイバー犯罪対策機関と連携しながら攻撃の根絶を図る。これにより、単なる受動的防御にとどまらず、能動的かつ包括的なサイバー防御戦略の確立を目指す。

b 官民連携の強化

電力、交通、通信などの重要インフラ事業者と政府が緊密に連携し、リアルタイムでの情報共有を推進するとともに、迅速な脅威分析と即応体制の確立を図る。また、サイバー攻撃の兆候を早期に検知し、攻撃源の特定から封じ込め、場合によっては国際的な協力のもとでの反撃措置を講じることも視野に入れる。これにより、国内外のサイバー脅威への耐性を強化し、持続的な防御能力の向上を実現することを目指す。

c サイバーセキュリティ人材の拡充

高度なサイバー攻撃に対抗するため、政府や企業は専門人材の確保と育成を急務としています。大学や専門機関における教育カリキュラムの強化、実践的なトレーニングプログラムの導入、国際的なサイバーセキュリティコンテストへの参加促進など、多角的なアプローチが求められます。また、政府機関や民間企業間での人材交流を促進し、最先端技術の共有や即応性の向上を図ることで、持続可能なサイバー防御体制の確立を目指します。

2. 法案の主要なポイント

2.1 技術的側面

リアルタイム監視とクラウド連携による自動対策

サイバー攻撃の早期兆候を検知し、攻撃トラフィックを自動で遮断するシステムの導入が検討されていると推定されます 。特に、多くの攻撃が国外のクラウドサービスやプロバイダ経由で行われるため、リアルタイム監視技術とクラウド事業者やISPとの連携を強化することが不可欠です。これにより、攻撃発生時の即応体制を強化し、脅威の拡散を最小限に抑えることが可能となります。

2.2 法的側面

既存法との整合性と例外規定の整備

不正アクセス禁止法や通信傍受法といった現行法との整合性が大きな課題となっています。特に、能動的サイバー防御措置が既存の法律と衝突する可能性があるため、法改正や適用範囲の見直しが求められています。一方で、政府が緊急時に迅速な対応を行えるよう、一定の手続きを経た場合に限り、従来の法規制の例外措置を認める可能性も検討されています。これにより、サイバー脅威に対する柔軟かつ迅速な対処が可能となり、国家安全保障の強化につながることが期待されます。

3. 期待される効果と課題

サイバー攻撃の兆候に基づく迅速な対応が可能になれば、被害の拡大を防ぐことが期待されます。特に、重要インフラ事業者と政府が緊密に連携し、リアルタイムの脅威インテリジェンスを共有することで、より高度かつ包括的なサイバー防御体制が構築されるでしょう。これにより、サイバー攻撃の早期検知と即応体制の確立が可能となり、被害の最小化が図られます。加えて、各業界の専門知識と政府の規制・執行能力を統合することで、リスク管理の高度化と迅速な攻撃封じ込めが実現し、持続可能なサイバーセキュリティ基盤の確立が期待されます。また、サイバーセキュリティ対策への注目が高まる中、特にフィッシングサイトテイクダウンなどのサービスの需要が増大することが見込まれ、セキュリティ関連市場の成長を促す要因となるでしょう。

3.2 主要な課題

a 法的整合性の確保、国際調整の難しさ、技術的・運用上のチャレンジ

現行法との整合性を確保しつつ、迅速なサイバー防御を実現するためには、法的枠組みの柔軟な適用が不可欠です。不正アクセス禁止法や通信傍受法との齟齬を解消するため、法改正や例外措置の適用基準を明確にする必要があります。さらに、国際的なサイバーセキュリティ基準との整合性を図り、法の実効性を高めるための国内外の法執行機関との連携強化も求められます。一方で、米国や他国とのインフラ連携や法的調整がスムーズに進まなければ、国内での対応策に限界が生じる可能性があり、国際協調の枠組み強化が不可欠です。また、サイバー攻撃は日々進化しているため、法案に基づく対策も継続的なアップデートが求められ、高度な技術力と適応能力が重要な要素となります。

4.今後の展望 – 日本のサイバー防御の進展

能動的サイバー防御法案は、従来の受動的防御から一歩踏み出し、攻撃の兆候を早期に捉えて迅速に対抗するための新たな法的・技術的枠組みです。攻撃の早期発見と迅速な対応により、被害拡大を防ぐだけでなく、民間セクターにおけるセキュリティ対策市場の拡大にも寄与するでしょう。しかし、法的整合性の確保や国際的な協調調整など、多くの課題も抱えています。これらの課題をクリアするためには、政府と民間、さらには国際社会との緊密な連携が不可欠です。今後の法案の進展や実際の運用状況を注視しつつ、各界との対話が進むことが期待されます。

参考文献

●サイバー安全保障を確保するための能動的サイバー防御等に係る態勢の整備の推進に関する法律案. (日付なし). 読み込み 2025年2月2日, から https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21306007.htm
CORPORATION K. (日付なし). ランサムウェア攻撃による情報漏洩に関するお知らせ | KADOKAWA. KADOKAWAオフィシャルサイト. 読み込み 2025年2月6日, から https://www.kadokawa.co.jp/topics/12088/
金融庁、DMMビットコインのハッキングを北朝鮮系が関与と発表. (2024年, 12月 23). Cointelegraph. https://jp.cointelegraph.com/news/fsa-announces-north-korea-involved-in-dmm-bitcoin-hack
【重要】暗号資産の不正流出発生に関するご報告(第一報)—DMMビットコイン(2024/05/31). (日付なし). DMM Bitcoin. 読み込み 2025年2月6日, から https://bitcoin.dmm.com/
情報セキュリティ白書2024 | 書籍・刊行物. (日付なし). IPA 独立行政法人 情報処理推進機構. 読み込み 2025年2月6日, から https://www.ipa.go.jp/publish/wp-security/2024.html
能動的サイバー防御に係る制度構築の方向性と課題. (日付なし) https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/r06pdf/202423901.pdf
能動的サイバー防御の導入へ関係会議が法案概要を了承 | お知らせ | ニュース. (日付なし). 自由民主党. 読み込み 2025年2月6日, から https://www.jimin.jp/news/information/209817.html
サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議|内閣官房ホームページ. (日付なし). 読み込み 2025年2月22日, から https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/cyber_anzen_hosyo/index.html